ルルド 3 (2日目午後市内観光)


DSCN7391.jpgベルナデッタの生家


ルルド2日目の午後は、ドイツ語のツアーで
ベルナデッタ所縁の地を訪れた。

まずは生家。

DSCN7393.jpgこの白い背中の女性の立っている向こうが、ベルナデッタの生まれた部屋だ


ベルナデッタの父親は、水車小屋で粉挽きを生業とする人であった。


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ここは、その仕事場。


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ベルナデッタの生家は、彼女が生まれた後、次々に不幸に見舞われる。

カショーと呼ばれる元刑務所跡に住むことになるのだが

それが、上の写真だ。

本当に狭いところで、お台所一部屋に

両親のベットと子供達用のベット

この2台を置いて暮らしていた。

トイレもシャワーもなく

夏は暑く、冬は寒い部屋であった。


DSCN7405_2016090719271049a.jpgペラマール神父の住んでいた司祭館


ベルナデッタは、最初、洞窟で彼女の前に現れた女性を

「あれ」と言っていたが

その女性の名前を聞いてこい、と言われ尋ねたところ

「私は無原罪の御宿りです」

と答えが返ってきて、その聞きなれない言葉を忘れないように

道々何度も繰り返しながら、この司祭館まで辿り着く。


DSCN7409_201609071927374f9.jpg同じく司祭館 ベルナデッタ坐像


「無原罪の御宿り」という言葉は、その数年前に正式に

教皇によって定められた言葉であったが(当然ラテン語)

それを字もろくに読めない無教養な娘(14才)が知っているわけはなく

告げられたペラマール神父は驚愕し、聖母マリアの出現を確信した。


DSCN7410_20160907192737842.jpgベルナデッタ坐像、もうちょっと近くから


聖母が、私をお選びになったのは、

私が最も貧しく、最も無知な者だったからです。

と、ベルナデッタは語った。



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