母娘


DSCN9268.jpgウィーン美術史美術館蔵、マリー・アントワネット像(エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン画))


フランス革命で断頭台の露と消えたマリー・アントワネットは、
オーストリアから輿入れした。

DSCN9274.jpgウィーン美術史美術館蔵、マリア・テレジア像 夫君フランツ1世亡き後は、死ぬまで喪服を通したそうだ


今、ちょうど
マリー・アントワネットとマリア・テレジア 秘密の往復書簡
という本を読んでいて



これが、大変興味深く面白いので

この前、美術史美術館へ行った折には
こちらの二枚の肖像画をまじまじと見てしまった。


だけど、無理よね
13歳でフランスへ嫁ぐのが決まって
慌ててお妃教育を施そうとしても間に合わなくて(当たり前だわ)

14歳で後のルイ16世と結婚して

18歳でフランス王妃になってしまった。。

母マリア・テレジアは、自身がアントワネットに妃となるべく
きちんとした教育をしてあげれなかった、と

その「怠り」を十分意識していて
亡くなるまで、書簡を通して諭し続けたのだけど

まだ読んでいる途中ながら
本当に心配で仕様がなかったのだろうな、と

切々と感じられるお手紙だ。


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