答えはない


DSCN0990.jpg本文と関係なく、少し前の写真でウィーン19区世田谷公園のモクレン


さて、マリーさんのお話の続きだが、

これは心理テストではないそうだ。

じゃあ、何なのか、という問いにも答えはなく、、、

取り止めがなくてすみません。




ワークショップでこの話が出て

色々な州でこの話のディスカッションをしたところ

Kenwan娘の参加したウィーンでは、

一番悪い奴は、「愛人のユリアン」か「マリーの兄弟

チロルでは、「マリー

シュタイヤーマルクでは、「愛人のユリアン

ウィーンのギムナジウムでは、「マリー

ケルンテンでは、満場一致で「


という結果だったそうだ。


私は、この話の主人公ってマリーだと思うのだけど

結局彼女が自分で引き起こしたことだから

彼女自身の責任だと思う。


ここで、例えば、(夫は別れるつもりもなかったのだし)

子供を産む選択をしていたら、マリーの評価は私の中で上がった。


ユリアンも兄弟も隣人も夫も

誰も好ましくない

医者が、一番ニュートラルだ

マリーは、クリスチャンで中絶に罪の意識を感じているのだから
司祭は、もう少し彼女の気持ちに寄り添って、産む方向に話ができなかったのか、と思う。

しかし、何で

ケルンテンでは、満場一致で「夫」

なのだ?

夫が、妻を数ヶ月も一人にしておけば、当然こういうことになるのは
知れたこと、ならば、妻を放ったらかした夫が諸悪の根源、とでも言うのだろうか?

いや、よく分からない。。


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