ピカソ

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パブロ•ピカソ 自画像

先日、映像のお仕事をしていらっしゃるカメラマンの方と
知り合って、その方が、撮影を担当した番組のDVDをいただいた。

NHK BSプレミアムで放送した

巨匠たちの青の時代
哀しみから見えた光 パブロ•ピカソ

という題名だ。

(スミマセン、今日は珍しく長文です)


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青の時代の傑作 パブロ•ピカソ「人生」 この絵は不評だった(また父親の言いつけ通りに描いた)「臨終」を塗りつぶした上に描かれてある 男はカサヘマス、裸婦はJと言われている

2011年12月19日に放送されたもので
ご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。

ピカソをご存じない方は少ないだろうし
うちにも二巻に分かれていても分厚〜い画集がある。

生涯で二十万点の作品を遺したそうだ(!!!)

番組では、ピカソが、まだ世に出る前の時代に焦点が当てられている。
所謂「青の時代」と呼ばれているピカソの若く無名の時期だ。

Kenwanから聞きかじったこともあり
ピカソの「青の時代」というのは、
ピカソの無名時代で絵の具を買うお金にも困窮していたので
一番くて、よく伸びるプルシャン•ブルー(プロイセンの青)を
使って描いたのだ、という風に思っていた。

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パブロ•ピカソ 死の床のカサヘマス

番組では、
ピカソが生涯手元に置いて、表に出さなかった3枚の絵が紹介されている。
それは、ピカソが、バルセロナの若き芸術家たちが集うカフェで知り合い
お互い惹かれあった親友カサヘマスの死の床の肖像画だ。

ピカソは、1900年のパリ万国博に「臨終」という絵を出品するが(この絵は散々な批評がなされた)、それを機にカサヘマスと一緒にパリに出る。

パリでは、二人はアパートで共同生活をし
そこへモデルを頼んだ女性も混じってくる。

その中のJという女にカサヘマスは恋をする。
この女は、後で分かるが亭主持ちでありながら
あちこちの男に色目を使うような女だった。

そんな女にのめり込んでいくカサヘマスに
危機感を感じたのだろう。ピカソは、
カサヘマスを連れてマラガ(ピカソの生まれ故郷)に行く。

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パブロ•ピカソ 死の床のカサヘマス

ところが、ここで、のっぴきならない用ができて
ピカソは、マドリッドへ行かなくてはならなくなり
カサヘマスをマラガに残したままマドリッドへ発つのだ。

ピカソが発った8時間後にカサヘマスは、
すでにパリへ戻るつもりで
「こんなところにはいられない」と他の友人へ手紙を書いている。

何日後かにパリに姿を現したカサヘマス
すでに覚悟も準備も整っていた。

女を殺して自分も死ぬつもりだった。

そして、女は撃ち損じ、自分だけこめかみを撃ち抜いて
死んでしまうのだった。

ピカソは、終生カサヘマスをマラガに残して
マドリッドへ行ったことを悔いた。

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パブロ•ピカソ 死の床のカサヘマス

この大きな哀しみの中
見出したのが、この「」だったのだ。

ピカソは、社会の底辺に生きる者たちへ目が行き
娼婦の刑務所兼病院へ通って、そこの女や子供を
描いている。青の時代の幕開けだ。


ピカソは、この青の時代で終わらない。
ここからキュビズムを生む。
その前にバラ色の時代があり
その後、新古典主義みたいな時もあった。
シュールレアリズム、ゲルニカ
晩年の「私は子供らしい絵を描いたことがない」と言っていたが
「やっと子供らしい絵が描けるようになった」時代

なんと言っても20世紀の巨星だ。


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