kenwan娘のラテン語講座 その1

EmpereurTacite.jpg
マルクス・クラウディウス・タキトゥスの胸像(ルーヴル美術館所蔵)

今朝はマダムの熱も下がり、ずいぶん楽になったようだ。
とはいえ、今日もブログはお休みさせてね。ということなので、
弱ったな〜そうだ!娘よ!今日は娘が書くのじゃ!と父は強権を発動。
娘も渋々それに応じ、出先の図書館からメールで送ってきたのが以下の文章である。
ずいぶん長いので、何回かに分けて掲載しよう。


kenwan娘です。

父はなんだか誤解しているようですが、ちょうど一昨日、試験はひと段落つきまして、実は昨日はPCの某動画サイトとにらめっこをしておりました。次は来週の始めなので、少しだらけてもいいかな、なんて。
あ、でもちゃんと部屋の掃除もしたんですよ。
さて。
月末辺りにできたらいいなぁ、と思案中の試験の為(先生曰く「口頭試験です、これで大丈夫と思ったら一人で私のお部屋においでなさい。一時間ほどみっちりとお話をしましょうね」恐怖の試験環境……うぅ)只今絶賛読書中なのですが、なんともなしにひっかかった某プリニウスさん(若い方)のとあるお手紙について、長々と文章を綴ってみようかなと思っています。
なにはともあれ結局はただのブログの記事ですので、あまり信用しないでいただけると助かります。

Plinius epistulae 6,16
どういうお手紙かと言いますと、小プリニウスさんがそのお友達、とある結構有名な歴史家タキトゥスさんにヴェスヴィオ火山噴火の際に死んだその叔父、大プリニウスさんの最期を教えてくれ、と言われて書いたお手紙です。
大プリニウス大プリニウス(ガイウス・プリニウス・セクンドゥス)の肖像


個人的に、じゃあタキトゥスさんは実際に大プリニウスさんについて何らかの文章を残しているんだろうか、というところが気になってかるーくググってみたりしましたが何も見つからないので、多分今の時代まで残らなかったんだろうと予測しておきます。

Petis, ut tibi avunculi mei exitum scribam, …

とこのお手紙は始まります。
もんのすごく逐語訳しますと、
「君は頼む。君に私の叔父の最期を書けと」
みたいな感じになります。

ここで豆知識。
ここではexitumを最期、と言う意味にとりますが、英語にも似た言葉がありますよね?
exit(エクシット)は出口(または出る)。
本来、exitumもex-(~から(外へ))とire(歩く、動詞です)からできているので、出口、と言う意味なんです。死とは人生からの出口である、みたいなイメージですかね。

是非とも語らせてくれ、なぜなら、と小プリニウスさんは続けます。

equidem beatos puto, quibus deorum munere datum est aut facere scribenda aut scribere legenda, beatissimos vero, quibus utrumque.

今度はちょっと意訳にします。
「なぜなら私は、文章にされるようなことを成し遂げる、または読まれるような文章を記す、という神々の恵み(または義務、という沢山意味がある言葉が使われています)を受けた人を幸せ者だと思うから。そして一番幸せなのは、その両方を受けたものである」

うーん、文章ないし伝える、という事に関しての現代とのものすごい違いが感じられる一文ではないかと思います。これは古代ローマ(多分古代ギリシャも?)においてちょくちょく出てくる考え方なんですが、文章というのは永遠なんですよね。字、そして文章を操れる人間が贈れる最大のプレゼント、それは永遠なんです。某ソーシャルメディアとかでどんどん流れていってしまう文章とかを見ていると、どっちかというと「行く川の流れは絶えずして」みたいなフレーズを思い浮かべますが、この頃の永遠って、どんなものだったんでしょうね。
個人的には、どーんと動かない山だったり、岩だったりみたいなイメージだったんじゃないかなぁ、と思っているのですが。

個人的つながりでもう一つ。ちょっと前に聞いて、よかったな、と思ったのは某エンニウスさんのお墓に綴られていた(らしい)この文章。

nemo me lacrimis decoret nec funera fletu
faxit. cur? volito vivos per ora virum

「誰も私を涙で飾り、嘆いて葬式をあげるな。
なぜ?私は生きながら飛んで行く、人々の口を伝って。」
みたいな感じですかね。

ちなみにnemoは誰一人として、です。なんであの某魚が同名なのか……謎だ。

うーんと話が逸れてしまいましたが、もう一度戻します。
何はともあれ、その日、大プリニウスさんは小プリニウスさんのお母さんに、空にものすごい雲が広がっているよ、と言われて、ちょっとした高みに上ってその、とある山の上に広がる雲を眺めます。科学にもとっても関心のあった彼は、是非とも近づいてみたい、と思い、小プリニウスをも誘ったと。彼はしかし、今勉強してるから無理、と断ります。

……なんだこのデジャブ感。

さて、大プリニウスさんが家をボートで出ようとしているところへ、とある知人から、助けに来てくれと要請が届く。なにせヴェスヴィオの麓に住んでいて、船でしか逃げれない。ということで計画を変更した大プリニウスさんは、もうちょい大きめの船でその人と他の人間たちを助けに行くことにします。そう、彼は

properat illuc, unde alii fugiunt, (…)

「そこへ急いだ、他の人たちが逃げ出した場所へ」




次回に続く



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